礼拝

もう立てない、という日々を越えて礼拝に立つ。

石にも花にも、香にも像にも、あらゆる表象に預けずに、

一日五回、神を想い祈り、えがく。

どんな瞑想にもまして、わたしはそうしてきたではないか。

時として人は自分の成していることを時には知らずに嘆いている。

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悪路

元来わたしは乗り物と相性が悪い。

乗ると酔うので、乗ったら即寝る、という習慣があった。

だからどんな悪路でも昏睡して、そこを長時間旅する

苦痛を知らなかった。

ところで今回、まがりなりにも自分で車を運転するようになり、

「同乗者の恐怖」を味わうことになった。

ガーナの南北を繋ぐ幹線道路は単線。

登り下りに急カーブ、舗装は穴ぼこだらけである。

そこを出せるときは120kmで突っ走り、

対抗車線を使って二重、三重の追い越しをするのである。

普段から運転になれている旦那ですら、

つい架空のブレーキを踏んでしまうという。

ようやく時速40kmでよたよた走り始めた私には

絶叫マシンもかくやという恐怖であった。

眠りこけ、でこぼこで椅子から跳ね落ちる子供に挟まれ、

私はついに眠り込むタイミングを失ってしまった。

ばんばん跳ね、がたがた揺れる車内、眠いのに寝られない。

よりかかったところで、頭がごんごん壁にぶつかる、

お尻の下には壊れたスプリングが突き出している、

前を見ると怖いので、目はつぶっているという状態で、

3~4時間過ごすと、もう狂乱状態に近い。


止めて!下ろして!と叫びだしたくなる。

最後は半分気絶した状態で、目を開けて家の前にいた時は、

いいしれぬ安堵感に浸される。


滞在中の運転手を務めてくれるのは旦那の従兄弟だが、

彼の運転能力には頭が下がる。

もし免許が取れたところで、私は彼の前では決して

「運転できる」とは言わないだろう。

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2月半ばのガーナは乾季の名残で幾分しのぎやすかった。

北アフリカら吹き下ろすハルマッタンはいわば空っ風。

湿度は40%前後、洗濯物は干した端から乾くかわりに、

砂埃りまみれで、激しくはたかないことには取り込めない。

町中吹き上げられた赤土で真っ赤。

芭蕉の葉もバケツで砂をかけられたような有様。

旦那が用意したマイヤー毛布を見たときは、

こんな暑苦しいものを誰が使うのかと思ったのだが、

明け方は毛布にくるまってもまだ寒いくらいだった。

それが、一週間たったある朝に一変する。

7時ごろにもうじっとりと暑い。

砂埃で煙った空から太陽が差すように照りつけ、

湿度が70%に上がっている。

そうしてさらに数日、東の空に暗雲が広がった。

夕方になると稲光が窓を射る。

もしや嬉しい一雨、と期待にじりじりしていると、

さっと空が暗くなり、突風が吹いた。

転がっていくサンダルをあわてて取り押さえ、

家中の窓を片っ端から閉める。

雷鳴が轟き、一瞬のちにばらばらっと、

まるで霰でも降ってきたかのごとく大粒の雨が降りだした。

雷と雨音と風で、普段からの怒鳴るような話し声さえ通らない。

誰もがなんとなく居間に集まってきたころ、

パンツと停電した。

何人かがカンテラや懐中電灯を燈す。

薄暗い、広いホールが洞窟のようだ。

吹き荒れる風と、叩きつける雨の音を聞きながら、

誰もが息をひそめてただ待っている。

てんでばらばらなことをしている毎日、この瞬間だけ、

家族皆が同じことをかんがえている。


15分くらいで電気がもどった。

雨足も弱まって、外は夕方の明かりに満ちている。


皆がそれぞれやりかけの仕事へもどっていく。

「毎日」しなければならないこと、を持たないわたしは、

ここに生活があることをちょっとだけ羨みながら、

時間が止まった一瞬をそっと胸の中にしまいこんだ。

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食事と健康

前回の滞在では体調不良で散々な目にあった。

度重なるアフリカ滞在でも初めての経験だったが、

その原因として思い当たる節は一つしかない。


前回は授乳中だったこともあり、現地食をあまり食べなかった、

もしくは疑いながら食べた、という点である。


炭水化物と油脂と動物性蛋白質主体の、“美味しい”ごはん。

湿疹が悪化することと、熱&嘔吐&下痢で起きられないことを

秤にかけた結果、今回は“美味しいごはん”を存分に楽しむことにした。


「食べたいものを食べられるだけ」、「重たい食事の後は午睡」、

「無理をしない」を三か条にした結果、私と娘は日本にいる時以上に

調子がよかった。(あたりまえだよな~)


しかし、「食べたいものは食べられる以上に」、「遊びたいときは、

無理をしてでも」をやっていた息子は、中盤にきて見事に倒れた。

およそ40分間各で訪れる、猛烈な腹痛と下痢。

検査で陽性がでて旦那は「マラリア~」と騒いでいたけれど、

私に言わせれば「身体の悲鳴」。


案の定、以降息子のテンションは下がり、辛いものを辛いと云って

食べなくなった。


私の湿疹はといえば、おさんどんをしないことと、高温多湿の気候が

あいまって、滞在中は沈静化した。

(飛行機に乗った突端ひび割れたが)


鈍い我が家の血筋は、こうして痛い思いをしながら、

身体にお伺いをたてることを少しずつ学ぶのである。

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変速機

7度目のガーナ、今回はエミュレイツ航空でドバイ経由。

機体は新品(払い下げではないということ)、

職員の訓練も上々で、機内食は胃腸にやさしい少なめ。

今回はドバイ→アクラ間で、着陸したら「スローダウン」を意識した。


時間の流れは各地で違う。

ガーナは3日で、日本の1日分ほど。

時計はいらない。


フライトが丁度変速機の役目を果たしていて、

帰国便に搭乗すると、そこから否が応でも加速する。

なにせ飛行機に乗るためには時計がいるのだから。


乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎで、旅の余韻もどこへやら、

あっという間に日常に放り込まれる。

手のひらに砂を掬うように、ガーナの記憶を多少なりともとどめたい。

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転換期

高速で動いていると、あたかも静止しているようみえる。

ここも変える時なのだとおもう。

なぜならもう“イスラーム”で悩まないから。


ただもう現実的に、

過去ログをどこに安置するかその辺りで迷っている。

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静穏

疑問を抱いて、真摯にそれを追いつづけると、

かならず答えはもたらされるものなのだ。

過去をみて、2005年の末にはあんなに困っていたのに。

飛びだせば、着地するように。


せかいは、「わたし」がみたように、みえる。

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元祖腐女子

矢川澄子という名前は私にとって、

ビネッテ・シュレーダーをはじめとする、児童書の翻訳家である。


澁澤龍彦の前夫人ということは知っていたが、

文学つながりだろうくらいにしか意識しなかった。


ところが、ひょんなところで二人の名前に再会し、

気になって、矢川の著書「おにいちゃん」を読んで愕然とした。


「架空の庭のおうちごっこ、

とかつてわたしはその日々のことを記したことがある。

あれはたしかに家庭ではなくて、

仮の世のおうちごっこにすぎなかったのだ。

それでよかった。なぜならばそれこそが、

かれとわたしの唯一共通の理想でもあったのだから。


敗戦このかた十年、

それぞれに多くの不如意をかかえこみながら、

にも拘らず自分だけはさいごまで遊びつづけようと

孤独な決意をかためていた2人の子供が、

お互いのうちに共犯者を目ざとくみつけあい、

そしてひとつの時代がはじまったのだ。


人並みの幸せを追い求めるのはやめようね。

あの頃彼の最も好んで口にしたせりふを、

私は限りないなつかしさとともに思いだす。

私にとってあれ以上の口説きがまたとあったろうか。

家庭をつくる?まさか。

そんな日常の茶飯事に心囚われる者は、

はじめからこの神聖自治領の一員としては失格なのだった。」


A.C.もしくはサバイバーの根っこがこんな深くまで到達していたとは。


矢川澄子、澁澤龍子、澁澤幸子。

ジェンダーとしての女性、という視点から読むと、

オタクと腐女子の萌芽が敗戦後にすでにあることが伺える。


立花隆が紹介していたが、こちらも興味深い。

「回想の澁澤龍彦」

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秘密

耳を澄まし、目を凝らせば、みえることがある。

そのひとが、神さまに愛されている瞬間が。


横顔の静謐、

迎える笑顔、

仕事をする指先、

こたえる一声。


毎日たくさんの人にあうけれど、

誰もがいとしいこのせかいの一ぶぶん。


いーどむばーらく!

くっるさなーわあんとぅむびはいる。

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見逃すな

いまこれが観たい。

いのちの食べ方


予告編をみてのけぞった。

多分そうなんだろうと想像しているのと、

現実を映像で見るのは違う。


普段食べているものはどこから来るのか、

動植物がほとんど工業製品のごとく管理・生産されている。

百聞は一見に如かず。

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«記憶にある限り